雑誌の図書館 大宅壮一文庫が提供する雑誌記事索引データベース「Web OYA-bunko」収録索引を毎週1テーマ紹介します。
ビートルズ来日60周年(2026年6月19日)
1966年にビートルズが日本武道館で公演を行ってから今年で60年になります。『ギターマガジン』2026年7月号では「来日60周年記念特集 教養としてのビートルズ学」という特集が組まれ、表紙はジョン・レノンとポール・マッカートニーのコンサート中の写真になっています。
1966年6月30日、7月1日、7月2日での五回公演でしたが、当時も各雑誌で多数特集が組まれました。今回はビートルズ日本公演に関連する雑誌記事索引を紹介します。
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そもそも日本武道館を使用して公演することにも議論があったようです。
- 1.目録
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- 記事種類
- タイトル
- もみにもんだビートルズ会場 日本武道館使用の理屈と体面 ※正力松太郎日本武道館会長
- 発言者
- 雑誌名
- 週刊新潮
- 発行日
- 1966年06月25日
- ページ
- 126-129先頭頁のみ表記の場合あり
- 備 考
- ‖ビートルズ[ロックバンド]‖
『週刊新潮』1966年6月25日号では、日本武道館会長でもあった正力松太郎さんが最初は反対していたが、関係者と議論のうえ公演を行うことを読売新聞に社告として出したとなっています。
記事によると、正力松太郎さんの知らぬ間に「日本武道館」使用が決まってしまったが、本来の使命に反するため武道館でなく後楽園で行ったらいいでのはないか、と交渉した。だがビートルズ関係側から1万人以上の観客を収容する屋内でなければ出演を中止にしたい、と伝えられた。当時1万人以上を収容できる屋内ホールは日本武道館しかなかったため、その使用が絶対だったとのこと。
そこで日本側の関係者で再度話し合われたところ、ビートルズはアメリカのカーネギーホールでもコンサートを行っているし、英国の勲章ももらっているので、武道館の精神を明確にし、その本義がそこなわれなければ許可してもよいであろう、ということになったそうです。
よく見かけるメンバーが日本の法被を着て羽田空港へ降り立つ写真がありますが、『女性自身』1966年7月11日号ではそのシーンについて書かれています。
- 2.
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- 記事種類
- グラビア
- タイトル
- ビートルズ台風静かに上陸す!6月29日早朝3時44分、ファンの出迎えなしに
- 発言者
- 雑誌名
- 女性自身
- 発行日
- 1966年07月11日
- ページ
- 3-6
- 備 考
- ‖ビートルズ[ロックバンド]‖
当日は台風4号のため予定より10時間半遅れて到着した。万全の警備態勢のため空港にはファンは入れず報道陣だけの出迎えだったと書かれています。タイトルの「ビートルズ台風 静かに上陸す!」とあるのは、台風4号とかかっている表現ですね。
空港には入れなかったのですが、宿泊するヒルトンホテルにはファンが殺到していたようです。そんな人々を見ながら加山雄三さんは、なんと10階の彼らの部屋へ行き、語り合ったという記事が『女性セブン』1966年7月20日号にあります。
- 3.
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- 記事種類
- タイトル
- ビートルズと3時間、ぼくらは男の夢を語り合った 加山雄三が芸能人としてはじめて世界のアイドルに会見。食事をともにしながら、彼らの未発表の曲を聞かせてもらった ※来日したビートルズ
- 発言者
- 加山雄三
- 雑誌名
- 女性セブン
- 発行日
- 1966年07月20日
- ページ
- 27-29
- 備 考
- ‖加山雄三[俳優]‖ビートルズ[ロックバンド]‖
記事によると、加山さんは東芝レコードの関係者から誘われて訪問することになった。東芝専務の石坂さんに日本の有名人で、俳優であり作曲・演奏・歌手までやるんだと紹介されて少し気恥ずかしい思いだった。とりあえずLP『加山雄三・ハワイの休日』をサインしてプレゼントしたら、ポールが笑顔でさっそくステレオにかけてみんなで聞いた。
10分ぐらいで帰るつもりだったが、ひきとめられて「Mr.加山。ゆっくり話そう。食事でもどうだ?」と言ってくれた。そこでみんなですき焼きを食べながら3時間も話をしたそうです。帰り際では4人がエレベーターまで送ってくれてリンゴが「楽しかった」、ジョージが「また会いたい」と言い、ジョンは静かな目でうなずき、ポールは微笑して手をさしのべたと記述されています。
ビートルズ日本公演に関連する記事、その他です。
三島由紀夫さんや遠藤周作さんが感想を述べた記事もあります。
- 4.目録
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- 記事種類
- タイトル
- ビートルズ上陸に震撼するTokyo
- 発言者
- 雑誌名
- 漫画サンデー
- 発行日
- 1966年05月25日
- ページ
- 22-25先頭頁のみ表記の場合あり
- 備 考
- ‖ビートルズ[ロックバンド]‖
- 5.
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- 記事種類
- グラビア
- タイトル
- ビートルズがやって来た!
- 発言者
- 雑誌名
- 女性自身
- 発行日
- 1966年06月30日
- ページ
- 7-12
- 備 考
- ‖ビートルズ[ロックバンド]‖
- 6.目録
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- 記事種類
- タイトル
- なんたる狂態ビートルズ騒動
- 発言者
- 雑誌名
- 週刊大衆
- 発行日
- 1966年07月07日
- ページ
- 98ー99先頭頁のみ表記の場合あり
- 備 考
- ‖ビートルズ[ロックバンド]‖
- 7.
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- 記事種類
- タイトル
- 3元ルポルタージュ ビートルズ・ファンの最高と最低 空港、ホテル、武道館にむらがった弁解無用の女たち
- 発言者
- 雑誌名
- 女性自身
- 発行日
- 1966年07月11日
- ページ
- 26-31
- 備 考
- ‖ビートルズ[ロックバンド]‖
- 8.
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- 記事種類
- タイトル
- ビートルズがやってきた ※来日公演、熱狂的なファン、警備担当者・関係者のコメント
- 発言者
- 畠中達夫/岩田勝雄/小泉允子/村川優/村上徳之/倉沢芳子/望月衛/岡村正明/他
- 雑誌名
- アサヒグラフ
- 発行日
- 1966年07月15日
- ページ
- 10-15
- 備 考
- ‖ビートルズ[ロックバンド]‖
- 9.目録
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- 記事種類
- タイトル
- ザ・ビートルズ「おさわがせしました」 遠藤周作氏らが見たファンの興奮度
- 発言者
- 雑誌名
- 週刊朝日
- 発行日
- 1966年07月15日
- ページ
- 116-119先頭頁のみ表記の場合あり
- 備 考
- ‖ビートルズ[ロックバンド]‖
- 10.目録
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- 記事種類
- グラビア
- タイトル
- 東京のビートルズ
- 発言者
- 雑誌名
- 週刊読売
- 発行日
- 1966年07月15日
- ページ
- 3-8/115-117先頭頁のみ表記の場合あり
- 備 考
- ‖ビートルズ[ロックバンド]‖
- 11.
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- 記事種類
- タイトル
- ビートルズ見物記 泣くほどのことは、何ひとつなかったのを、私は知っている ※6月30日のビートルズの初日に出かけて
- 発言者
- 三島由紀夫
- 雑誌名
- 女性自身
- 発行日
- 1966年07月18日
- ページ
- 112-114
- 備 考
- ‖ビートルズ[ロックバンド]‖三島由紀夫[作家]‖
- 12.
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- 記事種類
- グラビア
- タイトル
- The Beatles in the insectbasket だれのためのビートルズ(2) ※来日して外出できなかったビートルズのメンバー、ファンの熱狂ぶり
- 発言者
- 雑誌名
- 女性セブン
- 発行日
- 1966年07月20日
- ページ
- 15-20
- 備 考
- ‖ビートルズ[ロックバンド]‖
- 13.目録
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- 記事種類
- タイトル
- アラシの中のビートルズ
- 発言者
- 雑誌名
- 漫画サンデー
- 発行日
- 1966年07月20日
- ページ
- 44-51先頭頁のみ表記の場合あり
- 備 考
- ‖ビートルズ[ロックバンド]‖
- 14.
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- 記事種類
- タイトル
- ビートルズ来日学 1966年、4人に接した日本人関係者の証言 1回 元・日本航空客室乗務員 重岡良蔵氏(上)
- 発言者
- 重岡良蔵/宮永正隆
- 雑誌名
- レコード・コレクターズ
- 発行日
- 2009年10月
- ページ
- 22-27
- 備 考
- ‖ビートルズ[ロックバンド]連載‖
- 15.
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- 記事種類
- タイトル
- ビートルズ来日学 1966年、4人に接した日本人関係者の証言 68回 朝日美術(当時) 若山秀子氏・大橋善朗氏 ※ホテルに届けた香炉、プレゼントした根付の話
- 発言者
- 若山秀子/大橋善朗/宮永正隆
- 雑誌名
- レコード・コレクターズ
- 発行日
- 2016年01月
- ページ
- 20-23
- 備 考
- ‖ビートルズ[ロックバンド]連載‖